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196

妹兄196

 病院に戻る車内でずっと無言の二人だったが、ミィナは彼に聞いていた。
「相手の子供たちに、私のことを知らせてしまうことになるんですね…」
「いえそれは違います、誤解させてしまいましたね、僕はあなたのことは匿名の重症患者さんとしか書くつもりはありません…、これしか方法が無いんです、それすら断られたら僕としては匙を投げるしかないんです…」
 また押し黙ってしまったミィナは、静かに目を閉じ車に揺られた、サイトウは彼女に、一番大切な事がなんなのかを考えて欲しくて決断を迫り、必死に考えを巡らせているその顔が、納得してくれるまで根気良く説得するつもりでいた。
『私はこの街から出てはいけない…、アキラとの約束をホゴにしてはいいけない…、それは彼の事を全部否定してしまうことになってしまう…、あの約束は彼の苦しみそのもの…、ましてや、相手の家族に私と言う存在を知られてはいけない、それはただ混乱を招くだけ…』
『もう一人と私が会っても、何が起こるか分からない…、私たちが築いてきた掛買いの無い物が瞬時に消えて行くかもしれない…、でもこの病気のことで全てが解決するなら、私はそれに賭けてもいいと思っていたはず、はずなのに…』
『私は何者なんだ、なぜ私は先生の隣にいる? 私はただ生きようとしてるだけの臆病者…、ミィナ! あなたが一番恐れていることはなんなの、二人を救うの! ふたりを…』
『心の中にいつもあなたが居た…、私は、私自身がもう一人居るという恐怖に怯えて生きてきた…、でも今は分かる、あなたはあたしという人間の心の闇を、唯一知り得る何か…、誰にも話せないことをつぶやくと、いつもそこにあなたが居る…、どちらが化け物でもそれだけは変わらない…』
 そして、ミィナは決心した。
「先生もう一人の所へ電話してください、話してみます…」
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197

妹兄197
 意外な一言に、赤信号に気づかず急ブレーキをかけてしまっていた車は、誰も居ない横断歩道の真ん中で停車していた、慌てたサイトウはすぐに発進させ、少し先にあるコンビニの駐車場まで走らせていた。

「ほ、本当ですか?」
「まずサイトウ先生を納得させないとダメだと悟ったんです、DNA検査ではっきりすると思うんです、指紋でも、血液型でも、声門、網膜、静脈、なんでも」 
「本気なんですね?」
「私ともう一人が会っても、すぐには死ぬ事はないと思います、ユタカが死ぬまでの間の事を考えると、時間は充分にあるのかもしれません…、でも何も分からない…、本当に怖い賭けなんです…」
「…分かりました、ですが電話をいきなりするよりは、ハムラさんは心を病んでおられますし、手紙で先方のお子さんたちに納得してもらうほうが先決だと考えていました」
「はい…、でも、会いに行く時は必ず教えてもらえますね!」
 ミィナはサイトウの手を強く握りしめていた。
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198

妹兄198ミィナとサワダ

 時間はとっくに消灯時間を過ぎ十二時を回ろうとしていたが、起きていたミィナが読んでいた雑誌を横に置くと、日課にしてるカレンダーへのバツ印を書き入れ、それを眺めているとノックされていた。
「ハムラさん起きてますか? 入りますね」
「先生? こんな時間に来るなんて何かあったんですかぁ、あれれぇ、後ろの人は…」
 深夜の来客に驚いていたミィナは、クサナギの後ろから入ってきた男が、部屋の中を見回し所狭しと置かれた花々に、顔をほころばせるのを見ていたが、
「俺のこと覚えてるか? これお見舞いだよ」
 大きな花束を渡されてしまい喜んでいた。
「ありがとう、もしかしていつも花を贈ってくれるのはあなただった? ここに連れて来てくれたユウキの知りあい、名前はぁ~なんだたっけ? まさか私のファンになっちゃったのかしら?」
「あぁクサナギ先生ったら~」
 女医は白衣を羽織るいつもの格好をしていたが、黒い首輪をはめられ、長いリードの先をサワダに握られていた。
「そうあの時のサワダだよ、でももっと昔を思い出せない? 一年半位は君と恋人同士だったように記憶してるんだ」
「おいこれを」
 女医の顎を上げさせ首輪のフックからサワダがリードを外すと、彼女はしおれそうな花の生けてある花瓶と、ミィナから花束を受け取るとバスルームへ持って行った。
「ふ~ん、そういう趣味だったんですねぇクサナギ先生ってぇ、別にあなたが誰でもいい、過去の人でもなんでも、あの頃に戻してくれる? 私の体に棲んでる”あいつら”を追い払ってくれないかしら」
 サワダの手を取るミィナは、自分の首を絞めろとでも言うように、あてがわせていく。
「そういう趣味に目覚めたのかい?」
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